ニライカナイへの道/知念玉城の海(1)2005/6/13

この度、画像を大幅に増やして重くなったので前後2ページに分けて構成しています。電話はこちらです

ブックマークへジャンプ◆天孫氏アマミキヨ入口付近標識中城湾眺望トンネル入口出口

道路の構造上から全景上の橋全景国道から見上げる

ニライカナイとは海の彼方に天国が在り人はこの世で生涯を終えた時に再び、そこに帰って行くために旅立つとの信仰である。那覇方面からのアクセスはマップからリンクで開く琉球ゴルフクラブを目印にして下さい。

琉球ゴルフクラブを目印に沖縄本島南部知念半島の上から国道331号線に通じる新しい道路が開通しました。
那覇方面からのルートが分かり難いとの御指摘を受けて目標となる琉球ゴルフクラブのサイトを左の地図からリンクで開く設定にしました。
2004/7月トンネル上展望台からの全景1はフェンスの上によじ登って。下は手すりの高さからです。展望台からの全景2
入口のトンネルからは正面に久高島が臨め琉球王国の重要な儀式であった「東御廻」の要地「斎場御嶽」セーファウタキや知念城趾を左右に配して霊域を感じさせます。この様な場所に自衛隊基地が存在する事には違和感を禁じ得ません。古来、琉球では東の海から昇る太陽を「若ティダ」と称して生命の源と崇めて来ました。
琉球国由来記に因れば琉球開闢の祖は約二千年前に久高島から沖縄本島に上陸した女王で「アマミキヨ」と呼ばれた人物で「天孫氏」の一族である。よく知られている様に琉球には三万二千年前に那覇市の「山下洞人」が存在し一万八千年前には具志頭村の「港川人」が洪水に流されて琉球石灰岩の裂け目に閉じ込められ完全な形の人骨が発掘されている。

一万二千年前に氷河期が終了するまでには温暖化した間氷期と寒冷化の氷河期が交互に繰り返され幾度も海面が上下して大洪水が発生した事であろう。更に約五千年前には九州から台湾に連なる海底火山帯が大噴火を起こして大規模な地殻変動が生じて有名な与那国の「海中遺跡」を含めて当時、陸上に存在した多くの石造物が海中に沈んでいる。現在の考古学では地殻変動に伴って海中に沈んだ構造物と陸上で発掘される遺構との間に文明の連続性が認められない事を理由に古代文明の存在は否定されているが現実には古代文明が壊滅した後に空白期が有って当然である。上に述べた「天孫氏」とは正にその空白部分を繋ぐ古代文明の継承者であろう。そして「アマミキヨ」こそが「魏志倭人伝」に記された「卑弥呼」の鬼道に通じて衆を惑わす「特異な能力」の保持者に他ならないのである。

年が明けてから好天に恵まれた休日に周辺の写真を撮れましたので今回、新たに全体の構成を組み直して大幅に更新しています。

今回、新たに写した写真で合成して表示している物は基のデータを小画像から別の保管場所をリンクで開く様に設定しています。合成していない物は画像から基のデータを開きます。赤線で囲まれた画像が目印です。一番下に写真データの一覧を開くリンクも設定しています。最初は上の標識の所で佐敷から

逆に百名から。次は曲がり角と曲がって正面です。

ここでは先ず琉球ゴルフクラブ近くからの入口を出来るだけ分かり易く説明しようと考えました。しかし道路の開通から間が無い為に標識の整備が遅れていますので分かり難い所です。最初の地図で分かる様に位置的には琉球舞踊館「うどい」と玉城村百名のちょうど中間地点です。「うどい」方向からはチャーリーレストランを過ぎた所の信号機を左折です。このレストランは琉球ゴルフクラブの場所が米軍基地の時代から営業している店で復帰前の沖縄らしい営業スタイルを維持しています。料理も一応の水準ですので時間が有れば立ち寄って下さい。

標識では「つきしろ」と表示されている方向に曲がって下さい。曲がり角に自衛隊基地と沖縄刑務所の看板が設置されています。
ここで注目して頂きたいのは右奥の方に風力発電のタワーが二基見える所です。このタワーはニライカナイ橋に向かう最後の上り坂の手前左側に有ります。つまり此から進んで行く道の左側ですから全く見当違いな方向に向かっている様に感じられます。ところが実はアッと言う間に目の前に出てきますので必ずビックリします。上の写真では写っていませんが左側に風力発電のタワーが建っています。
曲がってから正面の道は余り広くは無くカーブの多い所で大型車の通行も頻繁です。最初に左側に自衛隊基地が有り暫く行くと途中からは住宅地も有りますから脇見運転は危険です。住宅地を過ぎると道路も広くて快適なドライブコースになります。

この辺からは時々、左側に中城湾が見えます。自衛隊基地手前の最後の上り坂付近で左側の視界が開けた所からは遙かに沖縄市、勝連半島方面が望めます。ここで右後ろを振り返ると玉城の海も見えます。晴れた日には是非、この付近で車を停めて確認して下さい。坂を上ると正面に自衛隊基地のゲートが見えます。以前はここが行き止まりになっていました。この右カーブが新しく開通した道路の入口で自衛隊基地の敷地を通る為に上が基地の通路にもなっている展望台下のトンネルを潜ります。

トンネルを抜けると正面にコマカ島と久高島が見えます。今回(04年7月)の写真はトンネルの上の展望台から(しかもフェンスによじ登って)写していますので実際に見えるアングルよりもかなり上からの角度です。携帯のカメラですがとても良い感じでしょう。何時も見ているアングルと違って左奥が久高島で右側の奥がコマカ島です。
(ここからは昨年のレポートです)今回は時間に余裕が有りましたので橋の途中で何カ所か車を停めて(違反ですが)ニライカナイ橋全体のイメージを分かり易くしようと色々考えて何度か角度を変えて写真を撮りました。ここは相当に危険な場所ですから交通量の多い時には真似をしないで下さい。トンネルを抜けると最初が右カーブで少しだけ直線になって最初の橋が右下の岩盤に向かって行きます。そこから大きく左カーブして再び高架になって相当長い橋が緩やかに下って行きます。高低差80mを下る為に国道331号線と交差する所までの全長は約1200m位です。



この道路全体の構造は左の様に断崖絶壁の地形を利用して建設されている。トンネルを抜けた所から右カーブして最初の橋が右側の崖を越えて掛けられ一部が岩盤に接しているが直ぐに再び高架になって大きく左カーブしながら途中からほぼ直線になって下の岩盤に連なり後は切り通しの右カーブで国道までを下って行く。途中には退避場所が無いので折角の景色を見ながら休めないのが残念です。写真撮影のポイントも多いですが停車すると危険な場所ばかりで注意が必要です。

今回はかなり無理をして他の車に迷惑を掛けながら写真を撮って来ました。最初にトンネルを抜けて右カーブを曲がった所で後ろを振り返った写真です。進行方向の左カーブして高架道路になって行く所はトンネル上の展望台からでも全体が写せないので幾つかに分けて写しています。これを何とか全体のイメージが表せる様にと合成したのが次の画像です。こういう作業をして感じるのは人間の肉眼が捉える識別能力と捉えた映像を連続的に合成処理して立体的に認識する能力です。これは正に驚くべき能力で一度見ただけで完全な三次元の映像が鮮明に記憶されています。しかも近くの物も遠くの物も焦点が自動的に連続調整されています。

その様なイメージを何とか表現したいと今回はトンネルの上に有る展望台から写した写真を合成してみました。何とかそれらしい画像になっていると思います。この展望台は本来はロードパークで5台分の駐車場も整備されていますがトンネル入口の両側にある進入路がポールを立てて封鎖されていますので歩いてしか上がれません。
これが基の形です。次はこの下奥に見える橋の真ん中で直線に見える所から現在位置を写した写真です。

ここから見ると極く一部を除いて全体が連続したカーブの高架になっている様子がよく分かると思います。この付近は珊瑚礁が隆起した地層で全体が琉球石灰岩の塊です。一番高い所の標高は約150m位です。一般的に隆起珊瑚礁の島と呼ばれていますが、珊瑚礁が隆起する要因は地殻変動に因るもので具体的に言えば地震を繰り返して海中に在った珊瑚礁が迫り上がって来た事になります。しかも相当頻繁に地震を繰り返して現在の地形が形成されています。この事は以外に知られていませんが琉球列島は世界的に見ても地形の変化が激しい所なのです。沖縄では明治の始めに大きな地震が発生して首里城の石垣が一部崩れた時には那覇の町でも相当な被害を受けていますが現在の気象台(当時は測候所)が開設してからは記録に残る地震は発生していませんので地震の無い所という誤解が定着しています。

下の国道に下りてから何とか全体の写真を写せる場所を探したのですが、どうしても上手くいかずに全体のイメージを現す為に合成しています。今回、晴天に恵まれて自分では満足出来る写真が撮れましたので更新しました。写真の色が不自然なのは太陽光線が気紛れな為ですが本当の原因は私の技術レベルが低い事にあります。私の能力ではこれが限界です。次のページに続きます。

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