首里城公園の管理に付いての疑問点。2004/12/13

ブックマークへジャンプ◆蘇る琉球琉球の呼称内部の撮影駐車場問題タクシー乗り場大龍柱の向き
その後の展開沖縄県の回答沖縄県へ再質問歴史文化の認識タクシー関係文書末尾

始めに。世界遺産に登録された琉球の独自文化の中心的存在であり沖縄観光の人気スポットでもある国営沖縄記念公園「首里城」は15世紀に琉球を統一した第一尚氏の実質的創設者である「尚巴志」が浦添の中山を攻略し今帰仁の北山を平定した後に頑強な勢力を誇った南山への威圧を目的に安国山の高台に浦添から居城を移して構築され南山攻略によって20年余に及んだ統一の偉業を象徴する文字通り琉球の中心として「萬国津粱」の大交易時代に花開いた華麗なる琉球文化を具現した施設である。

しかし不幸にして1609年の薩摩の侵略に始まる苦難の歴史を重ね1879年(明治12年)4月4日琉球処分の名で日本国に強制併合されて以降は「熊本鎮台」沖縄分遣隊駐屯地として軍司令部となって以来、施設の管理は疎かにされ大正末期に至っては荒廃を極める有様であった。幸いにして心ある人々の尽力で昭和初期に名目上は「沖縄神社本殿」として「正殿」部分が重要文化財として修復された後に「国宝」に指定され琉球文化の象徴は一部は形を変えて再生されのである。

残念乍ら再び不幸な事に先の大戦では幕末のペリーがアメリカ捕鯨船の補給基地として琉球の島を重要な拠点と考えた様に軍事的地政学的に米軍が沖縄攻略を重要戦略と位置付けている事に呼応して日本本土防衛の捨て石としての沖縄決戦を想定して陸軍第32軍司令部壕が首里城の地下に構築された結果、昭和20年5月末には米軍の集中攻撃によって遂に灰燼に帰して終ったのである。

時は移り1972年の祖国復帰から20年を経た1992年に至って先の昭和初期に行われた修復の際に記録された資料に基づき「国宝」指定を受けた形で幾多の困難な問題を克服して「正殿」が復元され首里城の主要部分が整備されて古の琉球王国を偲ぶ事が可能となったのであるが残念ながら幾つかの解決すべき課題が放置されたままで推移して来た事は誠に遺憾でならないと考えるのは私だけでは無い。

以下に述べます事は以前から多くの方々が指摘して来た事であり、私自身も事ある度に関係方面に申し入れて来ましたが改善の兆しも見られませんので今回、改めて具体的な進展を求めて関係方面に対応を促す為に公開質問状として確認を求める次第です。

(1)世界遺産に登録された趣旨は琉球の独自文化が評価された事であるならば当然ながら本来の琉球の呼称が用いられて然るべきであるが現状は国営沖縄記念公園として管理財団が定めた呼称が用いられている。しかし現実に首里城以外は「玉稜」(たまうどん)「園比屋武御嶽」「斎場御嶽」として琉球の呼称が用いられているが何故に琉球の文化の中心であり象徴的存在である首里城に於いては琉球本来の呼称が用いられないのであろうか?。現在、用いられている呼称では琉球が元々から日本国内であった様な印象で独自の文化が否定されている事になろう。ここに至る経緯で現在の呼称が管理上の都合で必要であるとしても今後はパンフレット等の資料には括弧付きでも本来の呼称を並記すべきであると私は考えていますが関係当局はどの様にお考えなのか見解を伺いたい。

事例としては「首里城」は「首里御城」(スイウグスク)「正殿」は「百浦添御殿」(モモウラソエウドン)と並記すべきではないかと考えます。逆に「首里杜館」(スイムイカン)等の本来とは無縁の施設は紛らわしい呼称では無く「首里城レストセンター」に統一すべきではと考えますが如何でしょうか。

(2)施設の屋内に於いての写真撮影に付いてはパンフレット等の資料では事前に管理事務所の許可が必要と説明されています。しかし実際の現場では極めて不可解な管理が行われています。「番所」「南殿」には撮影禁止の表示が有りますが「正殿」「北殿」には表示が無く管理の職員も撮影禁止では無いと説明しています。その結果本来から言えば国王の座する所であり静謐と威厳に包まれているべき玉座の周辺で修学旅行生が嬌声を上げて写真撮影に興じている事から琉球の文化を真剣に鑑賞しようと考える真面目な見学者の迷惑となっています。この様な施設では本来、写真撮影は禁止されて然るべきであり現在の施設が復元される過程で「正殿」は昭和初期に国宝に指定された歴史を踏まえて貴重な文化財としての評価に従って慎重な考証を重ねて来た事から考えても現在の管理体制は見直されるべきではと私は考えます。

パンフレット等に記された事前に管理事務所の許可が必要とする理由は発光器材の光線が展示物等に与える影響を防ぎ施設内の混雑を招かない為である筈です。その様な観点からするならば「正殿」こそが建物自体が重要文化財であり内部の撮影は制限されて然るべきであり、プロとアマチュアを別に考えて許可が不要とする理由は成立しません。アマチュアでもプロ並みの器材を使っている場合に現状では対応不可能ですが黙認されるのでしょうか?。例え器材の光量が低くても繰り返し多数の撮影が続けば建物や展示物への影響は避けられません。施設全体が文化財として世界遺産に登録されているのであり見学者のマナーとしても静かに整然と順路に従って進む姿勢が求められて然るべきですが如何でしょうか?。又「正殿」の出入り口階段中央の手すり部分は漆塗りが剥げ落ちてぶざまな状態です。多数の見学者で混雑する状況を考えれば手すりにカバーを施して見学者の利便を図る方が現状よりも管理し易く景観的にも現実的と考えます。この点も含めて関係当局の見解を伺いたい。

(3)周辺の交通事情と駐車場に付いては様々な意見が新聞などにも書かれていますが一般的に道路も狭くて渋滞が予想される施設や催しでは混雑を防ぐ意味でバスタクシーの利用を呼びかけていますが首里城公園駐車場では如何なる理由でかレンタカー自家用車を優先してタクシーに対しては駐車を歓迎しない様な対応が見られます。駐車場の一角に設けられた狭いタクシー専用スペース以外の駐車を認めずスペースが満車になれば他の場所に余裕が有っても駐車場利用を断っています。その結果、貸し切りでお客様の帰りを待つタクシーの待機場所が無い為に周辺の路上で待機して混雑の要因になっています。

本来から言えば観光施設ではバスタクシーは優先的に扱われるべきであり駐車料金も不要の筈です。現に同じ財団が管理する海洋博記念公園では他の観光施設と同様の対応ですが何故に首里城公園だけがタクシーの駐車場利用を制限する様な対応なのでしょうか大いに疑問です。通常は貸し切りで観光案内するタクシーが待機する場合はレンタカー自家用車よりも優先的に待機場所が提供され安心して休憩出来る筈ですが首里城公園に於いては明らかな敵意を示してタクシーを追い払う傾向が見られます。駐車料金に付いては施設の維持管理に必要であるにしても観光客を案内する事を業務とするタクシーにはバスと同等の優先的な対応がなされて然るべきではないかと考えます。この点に付いての関係当局の見解を伺いたい。

(4)タクシー乗り場と客待ち駐車。上の問題と関連しますが首里城公園整備計画ではタクシー乗り場をどの様に位置付けているのでしょうか?。沖縄観光の重要なスポットであり多数の人々が訪れる施設に於いてタクシー乗り場が適切な位置に存在しない事は理解に苦しむ所です。現在は綾門大道から守礼之門に至る城西小学校入口をタクシー乗り場と指定して玉稜の向かい側路上に客待ちタクシーを待機させていますが狭い道路で交通の妨害となっています。首里城公園の見学順路からすれば出口に当たる「久慶門」付近にこそタクシー乗り場が必要であって現在の場所にタクシー乗り場を設ける必然性は存在しません。雨天等の場合に限らず暑い時にも体力の弱い人が首里城見学後にタクシーに乗る為に現在の指定場所まで歩く事を強要される事は極めて不自然です。仮に将来の整備計画でタクシー乗り場の設置が予定されるが現時点では諸般の事情で設置が困難なのであれば先に述べた様に交通妨害となる路上での客待ち待機と乗り場指定は不要ではと思いますが如何でしょうか。関係当局の見解を伺いたい。

この付近では首里城公園として整備される以前から悪質なタクシーの客引き行為で観光客の不評を買い沖縄観光のイメージダウンとなって来ました。過去においてはタクシーが探せない場合もあって客待ち待機を許容する必然性も有りましたが現在は殆どのタクシーに無線機が装備され何時でも何処でもタクシー利用客の需要に対応可能ですから客待ちタクシーを待機させる必要は無く現在の指定場所ではタクシー乗り場も不要です。タクシー乗り場が有る為に待機中のタクシーによる客引き行為が容認され利用客の選別が公然と行われています。

聞くところでは近々、タクシー協会で待機するタクシーを選定して認定カード所持者だけを待機される計画がある様ですが現実的には暫くすれば現在の待機常連が再び集結する結果となる事は必然です。何故ならば現在の待機常連の様にタクシー利用客の選別、客引き誘導能力の無い一般の運転手にとっては此の場所に待機する事に伴う優位性(メリット)が少ないからです。通常はホテルからタクシーに乗る段階で貸し切り契約を結んで他の観光地に向かう場合が多く首里城公園で下車するケースでは殆どが国際通りかホテルに戻る事になるからです。従って待機しても大きな成果は期待外れに終わる事から当初は真面目な運転手を選定しても時間の経過と共に現在の待機常連と入れ替わって所謂メンバーが勢揃いして以後はタクシー協会公認として公然と振る舞う事に成りかねません。

(5)大龍柱の向きに付いては以前から多くの方々が現在の対面する形では無く本来の奉神門に向かって並立する形に改めるべきであると指摘して来ましたが依然として改める動きが見られません。今回の「正殿」復元に当たって必要な詳細な資料が昭和初期の修復の際に記録された資料以外に存在しなかった事で現在の様な形が正しいと判断された経緯は承知していますが復元直後から異論が出て本来の形を証明する証拠も提示されています。現に沖縄県立博物館内の展示室には昭和初期の改修以前の写真がパネルとなって存在しますが管理財団にも当然ながら提示されている筈です。首里城公園が一般公開されて10年以上が経過していますが現在に至るも本来の形に改めない事には如何なる理由が存在するのでしょうか。

繰り返しになりますが世界遺産に登録された琉球の独自文化を否定する様では先進国とは言えません。不思議な事は大龍柱の向きが昭和初期の修復の際に記録された資料に基づく形を正しいとする場合、ならば当然ながら大龍柱の高さも同様に本来の二本の石を継ぎ足した高さでは無く、明治後期からの頭部のみが立っていた形を正しいとされるべき筈である。然るに高さに限っては本来の形に戻されているのは何故であろうか?。この件に付いて関係当局の見解を伺いたい。

最後になりますが此の公開質問状に付いての関係者各位からの見解と対応の有無を含めて今後、此のページで継続的に問題を検証して行く予定です。又、此の問題に関しての御意見等が有りましたら私の方にお気軽にお寄せ下さい。その他、このサイトに付いての御意見、御感想も歓迎致します。

新規編集/平成15年3月11日付けで関係当局及びマスコミ関係にも通知しました。

那覇市観光協会より返信----- Original Message -----
送信者 : info
宛先 : isao-pw
送信日時 : 2003年3月13日 11:58
件名 : 首里城公園の件


首里城公園の管理については、那覇市観光協会で管理していないため、詳しい回答ができない状況にあります。そこで、今、内閣府 沖縄総合事務局 国営沖縄記念公園事務所 首里出張所に問合せている最中ですので、回答が来るまで今しばらくお待ち下さいませ。
今後とも沖縄観光のために、色々とアドバイス頂けましたら幸いです。

(社)那覇市観光協会 TEL:098−868−4887 FAX:098−868−5243
info@naha-navi.or.jp
http://www.naha-navi.or.jp


----- Original Message -----
送信者 : "都市計画課"
宛先 :
送信日時 : 2003年5月12日 17:02
件名 : 首里城公園の管理について


沖縄県土木建築部都市計画課より
常々、首里城公園に関心を持っていただき、また、ご質問を頂きありがとうございます。
ご案内の首里城公園の管理ですが、国と県(土木建築部都市計画課と教育庁文化課(門、城壁のみ))の管理となっておりまして、城壁の内側が国管理部分、城壁の外側(首里杜館、龍潭池等)が県管理部分となっております。
ご質問については、国、県と財団(管理委託先)で、それぞれに該当する内容について回答します。
今後詳細について質問される場合は、それぞれ各機関にお問い合わせ下さい。(以下は公開するに不適当と判断して削除)

上記が沖縄県から寄せられましたが詳細に付いては公開するに相応しく無いと判断して以下の内容で再び回答を求める事にしました。
12日付けの御回答に付いて精査致しましたが遺憾ながら沖縄県としての見解を求めた私の質問状への答えとして受け容れがたい内容となっています。
本件に付いて沖縄県からの唯一の回答で有りますので返信の文面をそのまま沖縄県からの回答としてファイルに貼り付けて公開した場合、内外に沖縄県の歴史文化に対する無知無能力を証明する事になって134万沖縄県民の恥さらしとなる恐れがありますので私としては公開を躊躇せざるを得ません。
従って今回は公開を見送りサイトで公開しても恥ずかしくない内容の更なる御回答を求めたいと思います。
尚、私の方はファイルに貼り付けてサイトにアップする作業自体に要する時間は3分以内で終了出来るシステムになっていますので、若しも沖縄県から今後の御回答が無い場合には12日付の内容を公開させて頂く事も(望ましく無い)選択肢として排除出来ません。

以下は具体的な検証の結果です。

(1)本件は世界遺産に登録された琉球の独自文化に付いての沖縄県としての認識、見解を求めたものですが何故に土木建設部都市計画課よりの御回答しか届かないのでしょうか。
沖縄県の組織図を見ますと本件を扱うに相応しい部署としては知事部局の広報課、文化環境部、観光文化局、教育委員会文化課等が考えられますが土木建設部都市計画課に当事者能力が有るとは思えません。
沖縄県には134万沖縄県民の誇りであり自立的発展の為の精神的支柱とも言える栄光の琉球の歴史文化を評価判断出来る部署は存在しないのでしょうか。

(2)<首里城公園の呼称は、平成4年の開園前に関係機関等で幹事会を開き決定しています。ご指摘のありました件(括弧書きでの本来の呼称の併記)につきましては、今後とも皆様方のご意見を伺いながら、充実を図っていきたいと考えています。>この部分に付いて沖縄県として主体的な見解を御回答下さい。

(3)首里城内の撮影に付いても世界遺産に登録された琉球の独自文化を粗雑に扱う事は琉球王国の評価を著しく損なう事になり、現在の管理体制に問題が有り容認出来ない筈ですが沖縄県としての見解を御回答下さい。


(4)地下駐車場の運用について<特にタクシーについては車内の貴重品、中でも現金の扱いで移動を必要としないスペースへ駐車して頂いています。これは一般の乗用車等についても同様です。>首里城公園管理センターからのオウム返しでしょうが現場の状況を把握せずに回答されては困ります。
現実にはタクシーも何時でも移動できる様に鍵付きで駐車しており狭いタクシー専用スペースに限定される理由は存在しません。
この部分も観光立県を標榜する立場からタクシー駐車場に付いての沖縄県としての見解を御回答下さい。

(5)<首里城公園ではタクシー乗り場の指定はしておりません。>この部分も首里城公園管理センターからのオウム返しでしょうが現場の状況を把握せずに回答されては困ります。
沖縄県タクシー協会が公園管理センターからの要請も無しに待機タクシーの選定を検討する筈は無いのです。
今後共タクシー乗り場を適切な場所に整備する事が不可能であるならば周辺道路の混雑を防ぎ観光客への不信を招かない為にも公園管理センターに申し入れてタクシーの客待ち待機を排除すべきですが沖縄県としての見解を御回答下さい。

(6)<大龍柱の向きに付いて「昭和62年度首里城正殿予備設計委員会」で決定しています。>この部分に関しても琉球の独自文化が評価されての世界遺産登録を考慮するならば見直されて当然ではないでしょうか。沖縄県としての見解を御回答下さい。
以上ですが沖縄県として管理権限の有無に関わらず134万沖縄県民の代表で有る沖縄県としての見解を御回答下さい。
尚、今回の質問に付いても前回同様に下記のアドレスで公開させて頂きます。
http://www.isao-pw.jp/isao9pw/syuriko-en.htm
平成15年5月19日
那覇市松川1丁目6-22「ハイム25」403号室/大城 勲/090−3196−1729
http://www.isao-pw.jp/isao-pw/

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